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千原ジュニア・桂吉弥が語る 桂米朝笑いの世界 2010年03月21日(日)

(千原ジュニア)芸人になるとしたら多分 落語家になりますね。
(桂吉弥)えっ!?今?落語って 年々 思いますけどかっこええなとか…。本日は 私の大師匠でもあります桂米朝師匠について生い立ちや功績なんかをお話していくわけでございますが。落語はごっつい お好きなんでしょう?落語は好きですね。あの〜僕が今 もし芸人になるとしたら多分 落語家になりますね。えっ!?今?今 若くて芸人になってるようじゃ あんまりセンスないような気ぃしますね。えっ!?そうっすか?落語家 選ぶ。今 NSC来る子はなかなか難しいんじゃないですか。飽和状態も 飽和状態ですから。なるほど。こんなこと言うたら ちょっと失礼かもわかんないですけど落語のほうがすごく席が空いてるというか。僕…そうですね僕 15歳で入ったんですけど僕 15歳なら落語家になりますね。落語 面白いっすね。面白いっすか。面白いっすね。実際やられたんでしょ?実際 やられた…やらされたんですけど。誰に やらされた?小朝師匠に。なんでしょうね。ほんま 前日に明日やる会場に 火つけたろかないうぐらい緊張しましたね。僕 あんまり緊張するほうじゃないんですけどあんなに緊張したの初めてです。へえ〜。で 僕は どっちかっちゅうと落研っていう学生のノリで入ってもうて吉朝いう人を師匠に選んで。行ってみたら その師匠が米朝やったいうんで パッと会うて。でも そんなに すごい人やとは全然 そのときは思わなくて。思わなかったんですか?思わなかったですね。それは だいぶ勘 鈍いですね。アハハハッ。鈍いですね。アハハハッ。いや ほんで だんだんつきあいしてるうちにというかいろいろ横で見てるうちにこの人 すごいなぁと。どっちかというとえらいとこ来たなという…。そうでしょうねぇ。総本山ですからね。ねえ。って周りの人は言われるんですけど。そら そうですよ。今日は 若い人も落語を知らん人も見てはるんでそういう人にも見てもらおうということなんですけど。
(近藤)桂米朝は落語界のみならず大勢の人に影響を与えております。私が役者を目指しておりましたころ今から ちょうど44〜45年前になりますが京都のお寺の本堂で 上方落語を聴く会というものに出会います。そこへ行きました私が目にしたのがなんと 桂米朝さんとの初の出会いでございまして。そのときの噺がなんだったか忘れましたがまあ とにかく面白いことスマートなこと。もうショックを受けました。そんな桂米朝をあの大作家 司馬太郎はこんなふうに評しております。今や 関西の落語家の数は200名を優に超えておりまして。落語の会のほうは 連日連夜大勢のお客様で満員でございます。しかし 桂米朝がいなければ今の上方落語いや 今の笑いはまったく別なものになっていたのかもしれませんね。
後の桂米朝 中川清は1925年中国・大連で生まれた
幼いころから落語好きだった清は落語研究家の正岡容に師事し落語の研究家を目指します
しかし…
なんやまた おんなじ顔ぶれかいな。ちっとも若いやつはおらんがな。
当時 上方落語家の数は20人程度と少なくその上 高齢の噺家が多かった
あっちの漫才のほう 観に行こか。そやなぁ。
(心の声)
あかん
このままやったら上方落語が滅んでしまう
そして ついに清は決断する
こうして清は四代目 桂米團治のもとへ
しかし…
清の熱意に 米團治は…
(米朝)ありがとうございます!
こうして…
米朝は先人たちから落語を習う一方で滅びかけた古典落語を掘り起こすことに熱心だった
おもろないしちょっと 変えてみたろ。
古典落語を独自の目線で作り直し 復活させていく
今や 誰もが古典落語と思っているネタも実は 米朝が作り直したものである場合が多い
その中の1つが「天狗裁き」
女房に どんな夢を見ていたのか聞かれた亭主
夢など見ていないと言うがそれがもとで 夫婦げんかに
やがて 隣人 大家 お奉行更には天狗までが亭主の夢の内容を聞きたがる噺
先日読売テレビの収録で 桂南光は米朝の「天狗裁き」についてこう語っている
(南光)僕も覚えてやったんですけど何よりも難しいのがラストで天狗が出てきますよね。その天狗が夢の話を聞きたくないと。でもほんとは聞きたいっていうのをこの葉団扇。これをもって…。天狗が聞きたくないって言いながらイライラ イライラしてる。で これをね…。ある商店街の余興の落語会で米朝師匠が「天狗裁き」をされた。初めて聴く無料の商店街のお客さんたちが米朝師匠が この団扇を…ってこうしはるだけでお客さんがドーッとウケますねん。そんときに俺うわっ これが芸かと思った。それから僕は「天狗裁き」は もうようしませんわ。あの 葉団扇を動かすところはとても難しくて大事ですね。
(南光)はあ〜。
(米朝)もっと難しなりまんねん。隣家の男が聞きたがり家主から奉行までが聞きたがる。天狗は そのようなものは聞きたがらぬゆえ安心をいたせ。ありがとうございます。しゃべりようないのに しゃべれ言われて 往生しとりました。ばかばかしい。
(観客)フフッ。んんっ。
(観客)ハハッ!聞いたところで何になる。
(観客)アハハハッ!
米朝の芸に対する執念により滅びかけていた上方落語はその息吹を取り戻した
ふ〜ん。ふ〜ん。すごいっすねぇ。落語家になって さあ何すんねんじゃあ 古い噺を残していこうって 思いはったんやったら分かるんですよ。ねえ。野球 観に行ってて 最近ホームラン打つバッターいいひんなぁよし ほんなら 俺 打とうかみたいなことでしょ?そうです そうです。ん〜不思議ですね〜。志が そもそも違うんすね。違います。だから はっきり言うてお金 稼いだろうとか…。女にモテたいとか。モテようとか 有名なったろかっていう気は 最初の桂米朝にはないと思います。伝統芸能を残したいという。うん。でも そこが…。米朝師匠のすごいのは伝統芸能やったら そのままやって古いまま おんなじ形でやってりゃええかっていったら そうじゃなくて。それを書き直しはったんですよね面白く。そこのバランス感覚が半端やないんでしょうね。半端じゃないですね。ここのバランスは難しいですよね。難しいですわ。だから お金も稼がなあかんしウケるネタもやらんとお客さんは満足せぇへんけどその裏では こんな噺あるから残しとこうっていう作業をずっとしてたっていうのがね…。第一線にいながら。そうなんですよね。どっちかに いってまいますもんね。いってまいますわ 普通の人間は。おもろかったら 更に更におもろくしたろうっていうね。本来のそいつの持ってるものをなくしてまう…。だから スイカに砂糖かけてまうところがね。上手に塩かけてスイカのうまみも引き出し みたいな。まあ そういう時代もあったと思うんですよ。多分 噺家が若いやつが たくさんいたらもう 俺は落語家ええわと。そうでしょうね。俺 作家で残るわって思ったやろうし。やっぱり なんか 事 成してはる人って 逆張りなんですよね。ほうほう。今 みんながよしもとで NSCの学校で芸人なるっていうときに一緒になって入ってくる中にはあんまり そこまでの…。まあ こんなこと言うたらあれですけど。逸材が いるんでしょうけどそうじゃなくて今 こっちやって言って逆 行くやつが…。なんか 事 成す感じしますね。うん。だからむちゃくちゃ怖いでしょうけど逆張りできるやつが…ってことですよね。そうです。その時代に その年に生まれてきてるっていうか育ってきてるから。そのタイミングでね。ある意味時代に選ばれてるんですよ。産み落とされてる感じがありますね そのタイミングで。あの…コントには絶対できないことが落語はできますよね。ふん…ふんふんふん。絶対にコントではできない笑いが落語では つくれる…るんですよ。そのへんはすごい うらやましいですよね。落語って正座してやってるじゃないですか。ほんなら 若いときにもう正座するなんて古くさいから立ってやろか とか。そこ もう いちばん最初にこう 陥りがちな感じですね。陥りがちですよ 陥りがちです。「壷算」の壷を液晶テレビにしてまう みたいな。そこは スイカに砂糖かけてる感じしますよね。だから あの〜座ってるなおかつ たった1人でやってるっていうことの強みを…。そうなんすよ。最初 分からないんで。ほんま まさに宇宙ですよ。座布団の上は。だから 空間も時間もパ〜ンて変われるし 飛べるし。座ってるから 立てるんですよね。座ってるから 山にも登れるし座ってるから 船にも乗れるし。昔の それこそすごい想像力ですよね。すごいですね。「こぶ弁慶」って こぶが出てきてしゃべりだす みたいな。ねえ。うん。ハ…ハリウッドのCGみたいなことですもんね。そうです そうです。何年…何十年前にやってんねんいう話ですもんね。そうですね。はぁ〜。やっぱり その〜落語 見て おもろいからこれ ちょっとコントで取り入れよか とか。あっそういう見方では ないですね。落語は落語として 別物で。あの〜う〜ん そういう感覚ではないですけど。落語ってかっこええなとか。ちょっと なんかこうジェラシー ありますね。ふぅ〜ん。俺 今…。よしもと入るときに落語家なってたらどうなってたんやろ とか。落語 やりたくない…やりたくないですけどやってみたいな とか。はぁ〜。僕ら…。どうなんですか?落語家さんから見てて漫才師とか コント師とかを見ててどう思いはるんですか?落語に ちょっと持ってこようみたいなことはあんまり ないんじゃないんですか?やっぱり。いや でもなんでしょうね その…。落語って やっぱり その…なんて言うんですか。この落語の宇宙に入ってきてもらうまでのやっぱり こうハードルっていうか。なんで 着物で 座布団に座ってるんだろうっていう…。小学生ぐらいの子ってあんまり こういうのこだわらないですね。服装とか 顔とか一切 こだわらないんで落語 ポーンとやったらパーンと食いついてくるんですよ。その世界に入るし。はい。邪念がないというか。「動物園」って話 あるじゃないですか。オリの中にトラのかっこして入っててライオン 入れるって。しゃべるだけですよしゃべるだけで。「ライオンをトラのオリへと放し入れて猛獣ショー!」って言ったら舞台に向かって「入れたらあかん」って言うんですよ。へえ〜〜〜。だから 僕らはえ〜っ!と思うんです。感動というかね。はい。それは すごいですね。こいつら どこまで宇宙 広げとんねん 頭の中でっていう感動はすごい あったりするんですよね。だから そこまでパッと来てくれたらおもろいでと思うんやけどその手軽さっていうんですか?そういう部分ではすごい なんかうらやましいなっていうのがあったりしますけどね。誰かが あっ 大丈夫なんやって誰か 今1人 現れたらすぐなるでしょう それは。あ〜なるほど。はい。テレビで むちゃくちゃ活躍する落語家さんが今 1人 出てきたら。若くて。そうですわ。もう それ なくなりますよ絶対。ぜひ 吉弥さん。はい。なかなか 荷 重いですよ これ。そうですね。
(石井)どうも。皆さんどんな あんばいでしょうか。石井竜也でございます。あの〜私め こう見えましても中学校時代からずっと落語ファンでございまして。落語って なんなのか?と。え〜これ あの手短に言うとすればですね人の人情とかねそれから 人が 曖昧模糊としてなんとなく日本人の気持ちとしてあるんだけど言わないようにしていような〜っていうことを落語ならそれが言えてしまうという。そういう 深みというかある意味 人間の持っている業というかねそういうものを 非常に端的になおかつ気軽になおかつ 嫌みなくさらっと こう表現してるのが落語の すごみもしくは 面白さではないかと思うんですね。僕は 落語をですね日本のファンタジーというふうに呼んでおりますけどね。ロック歌手でも 普通のアイドルでも政治家でもそうです。そこに立つ そこに座るそこにいる ということだけでなんか その人の持っている品がプ〜ンと漂うっていう人が世の中には数人 いらっしゃいますよ。そうそう いるわけじゃないんですね。そん中の 僕はお1人のような気がするんです。日本人のちょっと今 忘れているような粋なところ。え〜シャイで…。これはなかなかいませんよ やっぱりね。そういう品性というとっても大切な作品をつくるそれから 作品を演じる。人間にとってはとっても大切なものを米朝師匠には僕は 非常に感じております。まずは 米朝師匠の功績の一つ滅びかけた落語を復活されたことについてお伺いしようと思うわけでございますけど。はい。前に聞いたときに ほんとに細い糸1本を頼りにして落語というものを復活してそれが今 脈々と大きな流れになってるいうような話をお聞きしたんでございますけど。過去に米朝師匠が言うたはる言葉にね…。
(ざこば)そら つらい。米朝師匠が例えば お稽古したものを皆が こうアレンジというかその人の色に変えていくということがありますが。それね 難しいんですわ。ということもようあるこっちゃから。あったことですわな。
(ざこば)僕はね こう見えても落研じゃないわけや。白紙や。白い紙やったんや。覚えは悪かったけど色は 師匠の色のとおりしてたんや ほんまは。そやから よそのお師匠さん方漫才さんなんか見たら「米朝師匠のお弟子さんでしょ?」って。「なんで?」言うたら「師匠そっくりです」って言われたんや。で そのうちに自分のカラーが出だしたんや。ほんならほかのお師匠さん方から「あんた 誰のお弟子さんですか?」って言われるようになったね。そやからあんまり いらうもんやない。ハハハハ!
(ざこば)何 笑うとんねん お前。いやいや。お前も そんなとこあんねんで!はい。僕らね 若いとやっぱり いちばん最初1年目でも2年目でもいうたら 色気 出てこうしたいとか ああしたいとか思いますやん。
(ざこば)分かる 分かる。ほいで 米朝師匠に金比羅の勉強会とかで「何やっとんねん!」って言われて今 ああ よう いちばん最初に自分の型いうか「お前の型なんか役に立てへんのや!」言うてよう たたきつぶしてくれてはったと思いますもんね。初めの頃に言うとかなあかんと思って…。米朝師匠の笑いでこれが完成型ですよいうの 見てますやんか。ほんなら今度 吉弥がやるときにそのままやってももう 到底でけへんしそのままやんのかどうしてええのかちゅうのがすごい こう考えるとこなんですけどね。そこが難しいとこやな。それこそ 人によって…。「人によって」って言われるとね。そうでしょうね でもね。うん。すごい立って目むいてわぁ〜って。例えば 枝雀師匠みたいな落語のやり方を米朝師匠がもし やりはってもそうはなれへんやろうし。それは やっぱり枝雀師匠の人やろうしざこば師匠の人やろうし。ねえ。いや でも すごいことですよねなんていうんですか…。楽譜があるって。それを じゃあ 演奏した方がたくさん 山ほどいてはって更に それをまた 自分も演奏しなければいけないというプレッシャーというか。甲乙がもうバシッ!つくから。僕なんか 落語やらさしてもらうってなったときにいちばん それが嫌やったんですよ。なるほど比べられるっていう。正解を数々の方々が出してはるものにそこにいくっていうのは…。ねえ。そうですねぇ。例えば 今 言うてはりましたけど米朝師匠。古典とアレンジっていう。古典とアレンジで「テーマでしゃべれ」って言われたら僕は 今 恥ずかしながらアレンジするレベルまではいってないですね。楽譜 演奏すんのでいっぱいいっぱいって感じですね。アレンジ いつかは していきたいっていう感じもあるんですか?ありますね。あるんですか。へえ〜。でも 古典芸能ですもんね。そこですよね。だから 今 落語界ですごい 突っ張った…。なんと言うんでしょう。すごい こう…落語に対しても徹底的に ず〜っと こう…。否定的というか戦うやつが現れたら。そいつが 「ああ 俺がやってること間違ってる」って思ってパ〜ンて変わったときにすごいことになりそうな気しますね。ああ。海老蔵が やっぱりず〜っと歌舞伎を観なかったって言うんですよ。ほう。歌舞伎なんて古いって俺は 俺のやり方でやんねんってず〜っとやってきたらしいんです。でも ここに来てやっぱり「ああ 俺 間違ってた」歌舞伎 もう1回 観ようと思って。なんかこう変わった気 するんですよね。ああ〜なるほどね。はい。そういう なんか ちょっとね。突っ張った 20代前半の落語家さんが出てきたらすっごい また面白くなりそうな気しますね。なるほど。その席 空いてる気すんな。その席 座りたいなぁ。ハハッ。いや ジュニアさんが座ってもみんな 「おお ええやん」って言うと思いますけどね。いやいや とんでもないです。そうかな。はい。笑いの話で。はい。笑いのパターンは時代を超えて 不変か。う〜ん。う〜ん。不変って部分もあるでしょうね。枝雀師匠の言葉でいうところの緊張と緩和みたいなことは絶対にそうですし。ありますね。その…。なんか その 別に古典落語が全部の教科書やとは全然 思わないので。例えば めっちゃ よくできてるというかめっちゃ面白い漫才であったり。めっちゃ楽しいコントだったりするのって…。あの…。やっぱり…。似てるっていったらおかしいですけど。そんな気しますね 僕は。ああ 残っていくっていう。ああ〜。どうなんでしょうね。う〜ん。肉じゃがは 100年たってもやっぱ うまいじゃないですか。カレーも残りますよね。残りますね。ナタデココはなかなか難しいじゃないですか。みたいなとこがあるような気しますね。はやりますけどね めっちゃ。めっちゃ はやりますしすごいですけどそれを50年後100年後の人が食べてるかつったら なかなか…。みたいなところがやっぱ 古典と漫才というかの違いはあると思うんですよね。例えば コント こしらえるときに目指すのは肉じゃがになりたいんですか?そんなこと 一切 思てないです。それは思わない。はい。一切 思てないですね。その場…そんとき笑えるかどうかってことしか考えてないです。このコントは50年後に見ても おもろいぞと思っては やってないです。50年後やっててもこれは ウケるんちゃうかと思いながら作って おもろいコント多分 作れないと思いますね。ああ。米朝は でも肉じゃがを作ろうと思って残したんでしょうね。そういうことなんですよ。だから いっぱい作りはったんですよ。後世に残るカレーだ オムライスだ。そうそう。筑前煮だいうて。さば寿司とかね。いや〜。うん。桂米朝はあるインタビューに答えてこう言った事があります。人を笑わせたり泣かせたり。感情を意のままに操る落語家は確かに催眠術師でございますね。では 桂米朝はどうやって一流の催眠術師になったのか?そこには 米朝ならではの笑いの哲学が隠されておりました。
米朝が落語を始めた当時落語は寄席で演じられるのが普通だった
しかし…
米朝君。はい。ちょっと おしてるから10分でお願いするわ。そんな。たった10分って。
寄席では限られた時間しか もらえない
また…
本日は ありがとうございます。
漫才や 音曲ショーに挟まれての出演のためじっくり聴く必要のある落語はなかなか観客の心に届かなかった
悩み抜いた末に米朝が たどりついた答え
それはホールで落語を演じる…
これやったら長い落語もできるし落ち着いた雰囲気で聴いてもらえる。はい。
しかし 一方で…
こんな広いホールやったら表情が見えへんのとちゃうか。後ろのほうには空気が伝わらんやろ。
米朝の初めての挑戦をいぶかる声もあった
しかし 米朝は 照明や音響をすべて自分で確認し入念に準備を進めた
こうして米朝は1000人規模のホールで落語を演じた
結果は大成功
はるか後ろの客までが米朝の噺に引き込まれまるで催眠術にかかったかのように笑い転げた
・ハハハハッ・
実際に米朝は こう語っている
(米朝)要するにその場におる人全体になるか一部になるか 分からんけど…。そういう意味において「落語は催眠術や」いうて私が よう言うた。
(ざこば)300人なら300人 聴くやん。おんなじとこで 皆 笑うやん。皆 おんなじようなことを想像してんねん。ところが 細こう言うたらちょっと違う。みんな 違うねんな。
(ざこば)みんな 300人違うと思うんですね。そやけど 300人でもおんなじとこに向かって想像してるんですよね。
(米朝)大体な。面白いですね これ。それも座って言うてる言葉だけでそれの世界をつくってるちゅうのが落語って すごいな思いますね。
その後 米朝はホール落語で全国をまわり上方落語を多くの人に広めていった
観客の反応もどんどんと よくなっていく
このころ 米朝にはある秘めた思いがあった
それは すべてを演じると1時間半近くもかかるという上方落語屈指の大ネタ「地獄八景亡者戯」を復活させること
米朝は これまでの「地獄八景亡者戯」に自分なりの新しい演出を加え満を持して披露した
ありがとうございます。今日は まあ 地獄というえ〜〜あほみたいな長い噺でございますが。もうちょっと 向こうのほうへ行ってもらいましたらな三途の川の渡し場であって舟で渡してくれます。ほぉほぉほぉ あの舟 どんな舟?いや もう 鬼の船頭が手こぎで。手こぎの櫓で?前 ぽんぽん蒸気にしたりいろんなことやってたけどなもう〜新しいの いかん。こないだも あんたウォーターライドちゅうのこしらえましたんや。三日目にえらい故障が起こりましてん。ネオンサインが。えっ?グランドキャバレー火の玉。キャバレー火の玉?本日のショー幽霊のラインダンス。幽霊のラインダンスちゅうのはどないして 脚上げまんねやろな?観たことないから分からん。幽霊のラインダンス ガイコツのストリップ。ガイコツのストリップちゅうのは何を脱いで見せまんねんやろな?観たことない。おおよそ だんだん肉つけていくんと ちがうかいな。おもろい芸があるもんやなぁ。はぁ〜地獄に そんな興行もんなんか あるんですか?ありますとも あんた。芝居小屋 映画館 寄席なんでもありますのや。ほんで あんたこっちの芝居 観たら娑婆の芝居やあほらしいて観てられしまへんで。名優は 皆 こっち来てんのやさかいな。ああ そりゃ 理屈やなぁ。なるほど。ああ〜笑福亭松鶴 立花家花橘米團治 文團治 桂米朝…。米朝という名前で死んだ噺家はないと思いますが。あれはまだ生きてるのんとちがいますか?よう見てみなはれ。肩のところに近日来演と書いてあります。ああ〜なるほど。もうじき 来よりまんのやな。かわいそう。今時分 なんにも知らんとしゃべってるやろ。それは いっぺん 行かないかんな。
古典落語に現代の世相を盛り込み観客を 見事催眠術にかけたのだった
一般のお客さんやと 米朝師匠って古い話を 古典でただただ やってはると思ってはると思うんですけど。もう めちゃくちゃざん新なギャグ 入れたりいろんなとこでウケるようにしてはるという。その新しさっちゅうのを僕は皆さんに知ってもらいたいなと思うんですけどね。ここで ウケさそうとかここは ちょっと こうやったらちょっと…。う〜ん。でも 「地獄八景」は長いのにああやって 入れていきはるバランス感覚ですよね。僕も「地獄」やりますから陥るのはウケるからいうて入れたら元の木の幹がグラグラッてなってスポーン!って根っこから倒れるんですよね。そこの入れ具合とか抜き具合がバランスいいですね。なんか ちょっとなんっすよね。おいしい冷ややっこに最近はやりのトリュフ塩をちょっとかけて食べる みたいな。ハハハハッそうそうそう。かけ過ぎると 豆腐の味も何もせぇへんし みたいな。だから笑いは催眠術っていかに催眠術にかけるかっていうテクニックですけどね。でも いっぺんにやる分でいちばん たくさんの人を催眠術にかけれるのはやっぱり落語じゃないですか。ああ〜なるほど。コントはやっぱり500人ぐらいですね。そうっすか。1つのネタで 全部をこう…。もし催眠術という言葉を借りるなら かけれるのは。それは やっぱり話芸というとこなんですかね。やっぱり落語は そうじゃないですか。落語 漫才は多分 そうやと思いますね。コントは やっぱり だいぶキャパが限られてくると思いますね。例えばね 催眠術で よう「つかみ」という言葉があるじゃないですか。例えば コントの場合だとコントの中で考えるわけですか?つかみっていうのはコントの設定でもうつかんでしまう場合もありますし…。例えば 僕が作ったことで言うと例えば シカが少年の腹を角で刺してるんですよ。そのシカの上に鉄骨が落ちてるんですよ。っていう映像を パン!て見せたらお客さんは やっぱりどうやって こうなっていってんって完全に つかめてるんです。そこから どういう経緯でそうなっていったかというのを話していく みたいなコントがあったりとか。これ 何やってんねん?全然 笑いないやんけ みたいな引っ張って 引っ張ってそういうことか!みたいなこともあると思いますし。これ 今 僕 思たんですけどいろいろ 僕 しゃべってますけど数々の すごい落語家さんたちが見てはるでしょうね 多分ね。ハハハハ。だいぶ…。これ やばいな。ハハハッやばいな これ ちょっと…。あいつ 誰や?いう話になってるでしょうね。いやいやいや。
落語で大きな功績を残す一方で桂米朝さんはテレビにも 多く出演しました
時には家族そろって万博のレポートをしたことも
子供を何かに乗せましょうとにかく。
なんと 米朝さんジェットコースターに乗ったりもしてたんですねぇ
そして その独特な語り口がブームにまでなった「味の招待席」
今 はやりの…
(米朝)伊勢エビというのはもう エビ仲間の王様ですな。よろいかぶとを取り外すともっちりとしたやわらかい身があります。お造りというのは 関東では「刺身」と一般にいいますがね。「造り」というのは関西の言葉らしい。これは 魚の身をおいしく食べられるように上手に造り上げるというところから「造り」と呼ぶようでございます。あの番組では「おいしい」と言いはったことないらしいですね。
(ざこば)ハハハハハ。そうなんですって。あれ スタジオでね。料理は ほかで撮ってるいうことで「わしは うそは ようつかん」と。見ながら しゃべってはるわけやね撮ってきはったやつを。「手間のかかるもんですな」とか「結構ですな」とかあれちょっと ブームになったんやな。テレビ収録とか放送でこだわってはったことありますか。今 言う…。よう言わんとか。あれも こだわりや 一つの。うそになると。こっちも 気にするほうやから。元関西テレビの桑原征平さんが「ハイ!土曜日です」でず〜っと「征平の挑戦!」いうのでやってはりましたけど。しゃべろうとしたら米朝師匠が「征平 今 いくな。今 しゃべったらあかん」言うてよう 袖 引っ張られたりベルト 引っ張られたりしたって言うてはりましたけどもね。あいつとしては言いたい いうのがここまで きてたんやろな。ハハハ。そやけど それは効果的やないと 今は。最近のテレビ番組でお気に入りの番組ありますか?お気に入りは あんまりない。ハハハハハ。そうですか。あの〜「サザエさん」よう見てはりましたね。
(ざこば)ハハハハハ!あとは「名探偵コナン」いう子供の探偵が謎解きする話を僕が内弟子のときはよう見てはりまして。つまり 30分で事件を起こしてどう解決しよるかちゅうのを見てはるんですよ。ほんで 見終わったあとに…。
(ざこば)ハハハハハ。言いはりましたね。「コナン」見てはりましたね。ねえ〜。「コナン」を見てはる師匠を見てしまいますね。ハハハハハ。今 どうなんですか 落語家さんは。テレビを どういう感じで見てはるんですか?テレビを…う〜ん。テレビなんて出んでええねんっていうことなのかもっとテレビ ガンガン出ていかなあかんっていうことなのか。僕は もっとガンガン出ていかなあかんとは思てますね。短いところで勝負するとか面白いことを言うっていうことのトレーニングって言ったらおかしいけどそれは すごい テレビが勉強になるんかなとは思いますけどね。そうですよね。でも そうやって最後に帰る場所があるというか寝る布団があるというかすごいっすよね。うらやましいっすよね。芸ですよね。芸があるっていうのが。はいはいはい。なんにもないですもんね。そうですか?我々は。芸があるっていうのはすっごい うらやましいし。それだけしんどいことでしょうけど。例えば レギュラー番組のテレビあるじゃないですか。まあ いわゆるここ ホームグラウンドやなとか俺 帰るとこ ここやなとかいう気にはならないんですか。ホームグラウンドというより…まあ それもありますけどしょせん 賃貸ですから。はあ〜。賃貸のマンションに帰ってきたみたいな感じですね。いつ 家賃 払われへんようなるか分からん みたいなことですから。落語っていう これは もう分譲ですから 一軒家ですから。なくなることはないじゃないすか。みたいな感覚じゃないすか?こっちは もうすぐ終わりますから。ああ〜そうかぁ。
一門の長であり人間国宝でもある米朝師匠
(米團治)子供と遊んだりとか子供とキャッチボールしたりとかというような働きかけなんてまず なかったですね。常に 忙しくしていたし。家でいてるときはお弟子さんと お酒を飲んで宴会をしてるっていうのも多かったし。というような感じでしたから。それに慣れてたんで。だから そういうふうな父親像も当たり前のように受け入れてましたからね。ただ 世間とは違うんだなと思ってました。
(米團治)ククッ。
(絹子さん)わざと してんのんかそれが性格か知りませんけれどね。とにかく へそ曲がりです。
(米團治)ハッハハハハ。家族の者は です。
(米團治)家 帰ってくるときに 例えばおそばと うどんと ご飯と用意しててね「何しはりますか?」言うたら「ラーメン食べる」。ありましたな。うん。
ここで ぶしつけな質問
絹子さんは 米朝師匠と…
いや それはね…。
(スタッフ)それは なぜなんでしょう?それは…どやろね。何に対する魅力ですか?さあ?
(米團治)ハハッ。人間やなかったら 何なんですか?
(米團治)ハハハハハッ!人間的には 最低?はあ〜!やっぱり芸に ほれたんですか?
(絹子さん)そうです。それがなかったら なんにもない。かっこいいですね。うん…。ふだんは どうなんですか?厳しいんですか?米朝師匠は。え〜っとねいちばんよく言われたんは…。落語って 全部をお客さんに見てもらう芸やから嫌な人間になるなっていうことはずっと 言われましたね。落語 下手でもええさかいに嫌な人間になるなよというのはずっと 言われました。へえ〜。出るんでしょうねそれが やっぱり 落語に。だから…。人間じゃないって 奥さんに言わす男のかっこよさ。かっこいいですね〜。
(春團治)僕らの仲間では…。それぐらい古いこと よく知ってはるしね。この3つは…。教えるときは僕らでも きちっと教えてくれる。間違いは 「そら 違うで」って。ありがたいですね それは。僕らは ひとさんのお弟子さんに教えるってなかなか 力ないんですけどもね。やっぱり ああいう人やから人間国宝勲章 もらわはったんちがうかな。きっちりしてはりますしね。女は おまへんわ。僕のことやったら女は ぎょうさん おます。
昨年 これまでの桂米朝の功績がたたえられ落語家として初めて文化勲章が贈られた
末路あわれを覚悟して入った落語の世界
人間国宝でもあり 文化勲章まで受賞した米朝にとって…
そんなん聞いたら もう涙 出ますね。米朝師匠にとって落語とは?
(米朝)何かという…。そら もう 答えようないわ。そら 答えられへん。笑いについてとか落語とは何かとかそんなもん答えられるはずがないがな。そうですね。逆に そういう質問した人にこっちが聞きたいわ。その答えはどない言うたらよろしい?どういう答えを望んでるか?まあ 望んでるかいうよりも…。
(ざこば)ハハハッ!皮肉やな…。ほん〜まに 答えられへんもん。
(ざこば)うん そうですね。

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